BIZREN☆通信 22号 「わらしべ長者」

2021年3月 林順一

2020年5月に診断士登録をしました林順一です。60歳までリース会社の主に海外部門で働き、今は週のうち半分は中小企業で経営企画系の仕事をし、半分は診断士活動を行っております。

今回は、これまで最も楽しめた仕事についてお話したいと思います。1997年4月、3回目の海外駐在としてタイの現地法人に赴任しました。しかし、同7月2日、海外投機筋の売り攻勢に耐え切れず、タイ・バーツがドル・ペッグ制から管理フロート制に移行、その後30%を超える暴落となりました。アジア通貨危機の始まりです。

多くのタイ企業・投資家は、為替リスクを気にせず、金利の安いドルを借り、バーツで運用していたため、債務は膨らみ、国全体が不良債権にまみれ、銀行の融資は止まり、解雇が続き、経済は壊滅状態となりました。

我々リース会社も原則、新規契約をストップ、既存契約の回収に専念、業界全体での軽度の遅延を含む不良債権率は30%~40%程度ではなかったかと思います。現地法人唯一の日本人駐在員として債権回収、資金繰りに胃の痛くなる日々は続きますが、それも1年経つとやることがなくなってしまいました。常々赴任先では少なくとも一つ、「これをやりました」と言える仕事を残したいと思っていましたので、新規事業としてメンテナンス付き自動車リースの事業化を企画しました。9ヵ月間の市場調査、修理工場との交渉、メンテナンスコストの積算、取引先のご協力を得た試験的なリース契約の運用も経て、企画書を書き上げ、シンガポールの役員のゴー・サインをもらい本社役員会の承認を取ることができました。しかし、条件が付いて、ゼロから事業化を進めると収益化に時間がかかるので、現地の会社を買収せよ、というものでした。

そこから買収先探しが始まり、地元の自動車リース会社、レンタカー会社等にあたるものの、成果は上がりません。そんなある日、本社の営業推進役から、その方の出身元の化学繊維メーカーがタイのサイアム・セメント・グループ(SCG)と合弁会社を立ち上げ、測定機器のリースをしたいと言っているので訪問してきてほしいとのメールが入りました。バンコクから車で3時間のラヨーンにある合弁会社に行って、話を聞くと、短期間だけ機械をレンタルしたいので在庫はありますか、というような話で、予想通り空振りです。しかし、往復6時間が無駄になると思い、ダメもとで他に設備などリースするものはありませんかと聞くと、設備は借入、自動車はサイアム・セメント・グループ内のリース会社から借りている、とのこと。

サイアム・セメント(SGC)は、1913年に国王ラーマ6世により設立されたタイ王室財産管理局が出資する王室系名門企業、建設資材、製紙から石油化学まで手広く事業を行い、トヨタ、三菱電機、日本製紙、クボタなどとの合弁会社も待つ、タイ最大のメーカー系複合企業グループです。その歴史と産業界での地位から、日本でいえばトヨタと日本製鉄を合わせたような会社です。

そんな大企業が子会社を売らないよなと思いつつも、会社に帰って、タイ人の役員に、ちょっと話を聞きに行きたいんだけど、SGCに知っている人いる、と聞くと、なんと彼は前職はSGCで、すぐに元同僚に連絡をとってくれました。そして、なんとSGCは、その自動車リース子会社の売却を検討している、というではありませんか!早速、グループ企業担当の部長に会いに行くと、エジソンが興したアメリカの総合電機会社のファイナンス子会社と交渉中でしたが、何とか入札に参加させてもらいました。結果は、金額に差がありその米系会社が落札。しかし、6か月後その部長からまだ興味はあるか、との連絡。米社はリース資産は買うが、社員は引き取らないことが、暗礁に乗り上げた理由のようです。そこからは、競争相手もなく良い条件で2001年8月買収、私も社長として乗り込み、2003年4月の帰国まで経営統合作業を進め、買収当初より黒字、現在ではタイでの主要事業の一つになっています。

この経験を思いだすたびに、私は昔話「わらしべ長者」が頭に浮かびます。たった一本のわらしべから→みかん→織物→馬→長者の家、と交換を重ね長者になるというお話ですね。

空振りに終わりそうなメールから、ダメもとで話をつないでゆくと幸運の女神が何度か下りてきて、数十億円の利益につながった、ということですね。幸運の女神には前髪しかありません。躊躇せず、前髪=チャンスをつかみましょう。

といっても、こんなラッキーなことは、長いビジネス経験で一度しかありませんでした(笑)。他のチャンスは逃していたのかも。

執筆者プロフィール:
林順一(はやし じゅんいち):2020年診断士登録

横浜市神奈川区在住。
専門分野:M&A(戦略立案からデューデリ、契約、PMIまで)、事業承継、海外進出、中核人材獲得支援など。
休日:毎週走っていましたが、足底筋膜炎でお休み中。
どなたか、よい治療法、クリニックを教えて下さい。